オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第11話 SLK8 遠吠え


雪がちらちらと降り始め、白い息を吐きながら空を見上げた。
空は青く、雲は殆ど無いというのに、白い結晶は時間と共にその数を増やしていく。
降り始めたこの雪は、これから1週間降り続くのだと言う。人間はよくそんな事を予測できるものだと呆れながら、口元までマフラーを引き上げた。
あれからもすぐ1年経つのか。

俺が目を覚ましたのは1月。
今は12月。

この時期にはもう、あいつはこの地に居なかった。
その事に気づきもせず、眠り続けていたなんて、間抜けな話だ。
もう少し時間が稼げていたらカグヤがこの地に来れたのだが、何の前準備も無く土地神が守護地を離れる訳にはいかず、手続きを終えた時にはもう手遅れだったと言う。
大神といえど守護領域外の土地を無闇に荒らす事は出来ない。
だから、他の地を通りこの国を離れていくのを見ていることしかできなかったと、頭を下げて謝られた。
そもそもは俺の油断が招いた事で頭を下げられる覚えはない。
礼を言わなければならないと、俺も頭を下げた。

あいつが来たのは3月。
居なくなったのは9月。
だからここに居たのはたった半年。
一緒に暮したのは4カ月。

もう、共に居た日の二倍の月日が経った。

「・・・寒い」

もう1年。
まだ1年。
成人するまであと9年。
何て長い10年だろう。

成人したからと言って戻ってこれる保証など無いのに。
だがこの地に縛られている以上探しにも、迎えにも行く事は出来ない。
こんな時になって初めて思う。
大神となっていればカグヤのように土地を守護しながら動き回れるのにと。
大神の資格はあると言われている。
だがここを離れる理由も無く、これ以上の力を手にする理由も無く、カグヤに大神としての試練をうけろと再三言われていたのに、ずっと無視し続けていた。
ああ、俺が大神なら、今すぐに迎えに行ったのに。
俺の物を盗んだ連中に祟りを落とし、ルルーシュとナナリーを共にこの地へ迎え入れる事が出来たのに。

10年。

数百年生きてきて、こんなに時間が流れるのが遅く感じたのは初めてだった。
ほんの瞬きの間だけ共に居た人間をこれほど恋しく思うのも初めてだった。
これはトード-センセの時以上かもしれない。
センセは年寄りだったから諦めもついた。
だがルルーシュは幼い。
まだずっと一緒に居られたはずだった。
俺の神気を傍で浴び続ければ、長く共に居れば、神の御使いとなる資格を得られるかもしれないのだ。
ずっと、共に居られるかもしれないのだ。
だから余計に。

「・・・寒い。・・・早く帰ってこいよ、馬鹿」

スザクは枢木神社の鳥居の上に座り、じっと村を見つめながら呟いた。

「あー!いたいた!すーざーくー!なにしてんのよ!降りてきなさいよ!」

鳥居の下から元気な声が聞こえ、見るとそこにはカレンが居た。
何かあったのかと鳥居から飛び降り、カレンの前に立つ。

たった1年。
その1年でカレンは俺の身長を超えていた。

ルルーシュもきっと、俺よりも背が高いのだろう。

「どうしたんだカレン?」

来年は小学校の最上級生となるのに、いまだに落ち着きのないカレンは、その頬を寒さで赤らめながら、にっこりと笑った。

「どうしたじゃないわよ。今日は買い物に行く約束でしょ」

今日は土曜日。
学校が休みなので朝から買い物に行くからと、前々から言われていたのだ。

「そうだった。でも俺はここから出られないぞ?」
「大丈夫よ!桐原のお爺ちゃんがスザクも買い物できるようにって建てたお店、先週開店したって言ったじゃない。そこに行くのよ」

俺の守護領域内にある店は最低限の生活用品が変える程度の本当に小さな物だけだった。だが、ルルーシュが戻ってきた時の為にと桐原は守護領域の外れに大きなショッピングモールと言う物を建てた。
俺がこうして人と接することで、この地に訪れた神もまた人と接するようになった。
この地は神にとっても人にとっても特別な場所へと姿を変え始めている。
そんな神々を一目見ようと、多くの観光客や巡礼がこの地に来るようになり、枢木神社へ続く道にはいつの間にか飲食店やコンビニが建っていた。
だが、それだけでは足りないからと、大きな店を用意したのだそうだ。
もちろんそれらはすべて桐原の息のかかったもの。
結構な集客数があり、利益もかなり出ていることから、ルルーシュと俺をダシにして金儲けのためにを建てたに違いないと、俺は思っている。
あまりこの地が開発されるのは好ましくはないが、活気が出るのは悪いことではないと好きにさせていた。

「ほら、早く。下で車待ってるから」

雪がなければ自転車で行く所だが、カレンはナオトに頼み車を用意していて、俺とカレンが後部座席に着くと、ナオトは車を発進させた。
大きな店には多くの人が集まっていて、駐車場を探すのも大変だった。近代的な建物、多くの人。あまり好きじゃないなと思わず眉を寄せたが、カレンは俺の手を引きさっさと店内に入ってしまった。
もちろん店内の入り口やいたるところに神に対する注意書きが貼られている。
そのためだろうか、人々は遠巻きに俺を見物しているように思えた。
居心地が悪い。
それがこの店に対する印象だった。

「ここよ、ここ」

チラシで見たお店よ。
カレンが連れてきたのは雑貨を扱う店だった。
いろいろな小物が所狭しと並んでいる。
客も多く、人気のある店のようだった。

「お兄ちゃん、私とスザク暫くここに居るから」
「解った。じゃあ俺は先に酒を買ってくるよ」

どうせなら買い出しをして来いと、父と祖父に命令されていたナオトは、二人が店に入るのを確認するとその場を後にした。

「さーて、何にしようか?」

カレンは青空のような瞳をキラキラと輝かせ、並ぶ小物を見つめた。

「は?何で俺に聞くんだよ?お前の買い物だろ?」
「え?まあ、そだけど、スザクも買うでしょ?」

スザクの分のお金も預かってきてるから大丈夫よ?
不思議そうに首を傾げながらカレンはそう言った。

「何で俺が買うんだよ」
「へ?・・・あ~、スザク。今日が何の日かあんた忘れてない?」
「は?何の日って今日は土曜だろ?学校が休みでカレンの買い物に・・・」
「そうじゃなくて。今日は12月5日!わかんない?ルルーシュの誕生日よ!」

その言葉に、俺は驚き口を閉ざした。

12月5日。

そうだ、今日は12月5日。
ルルーシュの誕生日だ。
11歳の誕生日。

「本気で忘れてたわね。まあ、本人には戻ってきた時に渡す事になるけど、プレゼントは毎年用意しようって言ったのも忘れた?」

一緒に祝えないけれど、せめて俺たちだけでルルーシュの生まれた日を祝いたい。
毎年プレゼントも買って、戻ってきたあいつに今までの分だと、渡したい。
カレンの誕生日に、そう決めたのだった。

「覚えてる」
「じゃ、探しましょ!ここならきっとあいつが気に居るのあるわよ」

まず端から見ましょう。
カレンの言葉に、俺は頷くと、店の端から順に小物を見て歩いた。

「これなんてどう?」

手にしたのは可愛らしいペンダント。
少女趣味の入ったそれは華やかで、確かに見栄えはするが。

「それ女向けだろ」
「ルルーシュなら大丈夫よ」

似あうわよ。という言葉に反論は出来なかった。

「ルルーシュなら大丈夫だけど、絶対嫌がるぞ」
「じゃあこれ」

手にしたのは手鏡。絵本似出てきそうな装飾がされていた。

「わざと選んでるだろ」

ばれた?笑いながらそう言うと、それらは棚に戻された。

「ルルーシュって言うとキッチン用品かしら」

キッチン用品のコーナーへ移動し、可愛い動物柄の鍋やまな板を手に取り、私もこういうの欲しいなと口にする。だが、きっとカレンが使えばその可愛らしい鍋は焦げ、まな板は力を入れ過ぎた包丁の餌食になるに違いない。

「でも、どれがいいのかしら」

まな板にせよ鍋にせよ種類が多い。ルルーシュはどんなものが好きだった?犬?猫?ウサギ?キリン?
カレンの言葉に俺は何も返せなかった。思い浮かばないのだ。どんな動物が好きか聞いた事なかったから。狼姿にあれだけ喜んだのだから、動物は好きなはずだが。
そんな中、ふと視界に入った物が気になり、手に取った。

「あら可愛い。いいわねそれ」

手にしたのは真っ黒いタオルハンガー。鉄でできているそのハンガーには1匹の黒い子猫と蝶、そして花がデザインされていた。

「ルルーシュみたいだ」

この黒猫。

「あー、そうね。あいつは猫よね」

これで紫の瞳なら完璧だ。

「・・・俺これにしよう」
「じゃあ私はこれ。マグカップ」

カップのふちで黒猫がのんびり昼寝をしている。

「カレンも黒猫?」
「うん、黒猫。この子の名前はルルーシュ2号。スザクのは1号でいいわよ。毎年増やして家の中をルルーシュだらけにしてやりましょう!」

誕生日とクリスマス。プレゼントを買うのは年に2回。
カレンとスザクの2人だから年に4個。
だけどいつの間にかナオト、玉城、藤堂も加わって。
年に2回。5人だから年に10個。
目の前の箱にはプレゼントの梱包がされた物が5つ。中身は全部黒猫。

「これ見たら何て言うかな?」

男の自分が使うには可愛過ぎると言うだろうか。

「驚くわよね!ちゃんと全部使わせないと。特に2号は毎日に使わせるんだから!」

全ての箱に番号が振られる、この子は1号そして2号。3号4号最後に5号。

「100個集まる前に帰ってきなさいよ。ルルーシュ0号!」

0号。
それはつまりルルーシュ本人か。

「0号って、流石にひどくないか」

最近流行りの戦隊物は1号2号と番号が振られている。
その影響だろうが0号は酷いと思う。

「じゃあゼロルルーシュ。ゼロでもいいわね」
「変わらないだろそれ」
「いいのよいいのよ」

全部の箱に1~5の番号が振られ、箱に並べられ押し入れの中へ。
次に開けられるのは今度のクリスマス。
その日に10個になる。
来年になれば20個
10年で100個
早く帰ってこい。
100になる前に、早く。

夜の帳が下り、空に月が浮かぶと、スザクは鳥居の上に登り、村を眺めた。
昼よりも雪の降る量は増え、視界は悪い。
だが、ここからは家々に灯る明かりは良く見えた。
でも、ルルーシュの家は暗いまま。
外灯もまばらなため、ここからでは闇夜に紛れて場所もよく解らない。
そこに家があるのかも解らない。
解っているのは、そこには誰もいないと言う事だけ。

淋しさが募る。
恋しさが胸を締め付ける。
会いたいと、そう思う。

おめでとう、ルルーシュ。
今日で11歳だ。
20歳まであと9年。

早く帰ってこい。
お前の家はここだ。
お前の帰る場所はここだ。
だから、早く。




宿題を終え、ナオトに合ってるか、間違った所がないか確認してもらっている間に、私は冷蔵庫からオレンジジュースを取りだすと、コップに移しそれをごくごくと飲んだ。
そのとき、聞こえてきた。

「・・・え?スザク?」

見るとナオトも玉城も、両親も祖父母も、同じ方へ視線を向けていた。
聞こえる。
これはスザクの声だ。
狼の遠吠え。
過去に彼が遠吠えをしたのは1度だけ。
あの大怪我をした日、仲間を呼ぶために1度だけ。
あの時とは違う声。

「スザク、泣いてるのかな」

まるで泣いているような、淋しさを滲ませた声。
これはルルーシュを呼んでいるのだ。
それが痛いほどよく解る。

「お兄ちゃん!私、20歳になったら絶対ルルーシュ探しに行くから!」

私は窓の外を見ていた兄にそう言った。
絶対、連れて帰る。
ルルーシュの家族が何と言っても、絶対に。

「じゃあ、ブリタニア語も話せるように勉強しないと。日本語じゃ探すに探せないだろ」
「私がんばる!」
「よし!じゃあ俺も勉強しないとな。玉城、お前もがんばれ」

それはつまり、ナオトと玉城も共に行くという事。
両親も祖父母も応援してくれている。
あんな誘拐じみた方法、誰も認めていないのだ。

「へ?俺も!?」
「一緒に探しに行かないのか?」
「行くにきまってんだろ?こんな声聞いてだまってられるか」

見ると玉城の眼は潤んでいて、今にも泣きそうだった。
私もそうだ。ナオトもそうだ。
皆あの声の意味に気づいている。

「じゃあがんばろうな」

学校の成績が芳しくない玉城にそうにっこり笑顔を向けると、玉城はしばらく口を閉ざした後「俺様が本気になればブリタニア語なんて楽勝だ」と、見栄を切った。
言質を取ったと言わんばかりに兄が口元に笑みを浮かべたことにも気付かず、玉城は偉そうに胸を張り「俺に任せろカレン」と胸をたたく。
赤点だらけの玉城。
勉強嫌いの玉城。
さて、どう教えようか。
既にナオトは自分と玉城、カレンの今後の学習方法を考え始めていた。

スザクは動けない。
だから私たちが行く。
でもその前に帰ってきなさいよ!

「あー、旅費考えないとな。最低でも1週間は滞在したいし。募金でも募るか。ルルーシュ奪還作戦のために協力をお願いしますって」

彼の領域に響き渡ったあの声をあの日皆聞いていた。
胸の痛くなるほど切ない声を。
普段表に出さないスザクの願いを。
そのため、冗談で言ったその言葉は現実となり、ほんの数日で目標額を達成することとなった。

後は私たちが勉強をし言葉を覚え、時が来たら迎えに行くだけ。
もし自力で戻れないなら迎えに行くからね。
まってなさい、ルルーシュ。



今更ですが、書き忘れてた気がするのでここで。
カグヤは京都ですが、スザクは東北、あるいは北海道という設定。
私が北海道在住なので、どうしても季節のイメージは北海道基準なんですよね。
なので枢木の土地は豪雪地帯です。

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